ガールソウルは定着していかない?
前号(第9号)でMisiaのことを書いたので、今回のキーワードはなりゆき上、宇多田ヒカルでいこう。
「Automatic」がじわじわとチャートを上げだしたころには、いかにもうさんくさげなものが売れてきたものだと思った。そのうさんくささ、ルックスの良さゆえに、Misiaよりももっと売れそうな予感がした。そして実際に売れ、カラオケで最もよく歌われた。
その次は、「Misiaと宇多田ヒカル、どっちが好き?」で盛り上がり、それに続けとばかり怪しげな“ガールズソウル”歌手が次々と同じ系統の曲をリリースして、マスコミで特集が組まれ、新雑誌が創刊され、供給飽和状態が起きてブームはあっという間に去る、というのが私が予見したシナリオであった。
そして私は、「このブームには気をつけろ!(笑)」といった内容の原稿を書く予定だった。
だが現実は違った。ファーストアルバムが500万枚という奇跡的なセールスを刻んで、宇多田ヒカルのひとり勝ちになってしまった。マスコミは毎日のようにこの現象を報道し、評論家はこぞって“本物”とほめたたえ、日常会話のなかに宇多田ヒカルという言葉がごく自然に入り込んできている。
こんな状況で二匹目のドジョウを世に出すことができるわけがない。宇多田に対する評価も、怪しさ・うさんくささから絶賛の嵐にあっという間に早変わり。一躍スターダムに登った歌手・宇多田ヒカルについて、私が何を書けるのだろうか。考えてみたが、実のところあまり書くことがない。
『First LOVE』
アルバム『First LOVE』を聴いてみた。シングルとアルバム収録曲の格差が大きいことから、いかにシングルをうまくチョイスしているかがよくわかる。アルバムとしてのトータルコンセプトはあまりないが、宇多田がどういう歌を歌うのかはわかった。
ここで比較してはいけないと思いつつも言わせていただくと、個人的にはMisiaのほうが断然好きだ。だからといって宇多田の歌唱力・表現力・アーチスト性が劣っているわけではなく、ソウル系の楽曲を歌う実力は持っているし、Misiaと同等、あるいはそれ以上に評価されてしかるべきだろう。
ただしこのアルバムは才能だけで歌っているので、いったいどの方向にいくのかさっぱり見えない点では不満が残る。だから売れたといういい方もできるのだが……。
ジャンルとして定着するのか
ある洋楽ジャンルが、日本の音楽シーンに定着していくためには、リズムやメロディに日本語を違和感なく乗せる作業が必要となる。それに加え大衆に支持されてはじめて歌謡曲(ポップスと同義)として日本の音楽に根づく。ジャズ、ブルース、ロック、ソウル、ラテン、ヒップホップ……思いつくまま並べてみたが、現在のところロック以外は一時的なブームで終わっている感が強い。
そんななかで宇多田ヒカルの大ヒットはソウルミュージック系のファンを満足させ、新規ファンを開拓し、日本のソウル畑を耕してくれるのだろうか……。答えはたぶん“ノー”である。ジャンルとしてのソウルと宇多田との関係性は薄い。売れている理由も音楽性よりも話題性が優先している気がしてならない。
今後、宇多田が大化けしてサザン、ユーミン、ドリカムクラスにまで成長する可能性はないとはいえないが、だからといって、70年代後半のディスコシーン、現在のクラブシーンの客層を満足させてくれるアーチストになるかというと、そういう展開には決してならないだろう。
そのあたりが、私が宇多田に親近感を持てない理由であり、多くの人に支持される原因でもあるような気がする。
『First Love』TOCT-24067 (99/3/10)