アップルパイ(写真・左の3人)のインタビューのあとの水木一郎先生(写真・右。歌手、水木一郎ヴォーカルスクール代表)のお話が大変おもしろく、読者のみなさんにもぜひ呼んでいただきたいと思ったのでご紹介します。
本稿は1996年9月発行のスクランブルエッグ5号、アップルパイのインタビューの最後に掲載された文章です。
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――ヴォーカルスクールを作るようになったきっかけといいますと。
水木「僕のやってる仕事は先輩がいませんでしたから、自分が拓いてきたこの道を継いでくれる後輩を育成しようということで10年前にスタートしました。レコーディングのときに生徒を連れていって経験をさせよう、というところから始めていったんです」
――歌を真面目に習いたいと訪れる生徒さんに最初に教えることは。
水木「カリキュラムがありますから、口の開け方から、本当に基礎中の基礎から教えていきます。60から70段階ぐらいまでありまして、こなせる子はクラスを上げて、上のクラスの中から恥をかかないような子をレコーディングに連れて勉強させるようにしています」
――先生が教えていらして、ずばり、歌手になるためにいちばん大切なことは何でしょう。
水木「歌だけじゃなくて、他のジャンルの仕事も全部そうだと思いますが、やはり表に出て礼儀から何からちゃんとできる社会人であるということから始まります。それで歌がうまくなってくれば問題ないですから。過去にレコーディングの途中に『出番少ないから私たちはいいわよね』なんて言った生徒がいるんですよ。ブースだから聞こえてくることも知らないで。その子は二度とレコーディングさせませんでした。
やはり『おはようございます』のあいさつから、『おつかれさま』まできちんとできるように指導し、たとえ歌手にならなくても他所へ行ったとき、結婚して母親になったときにでも役に立つようにしています。……というのは僕が若い頃、ツッパっていて失敗したことがありましたから、そういうことはなるべく生徒にさせないように注意しています。
八方美人でも困りますけれど、みんなに可愛がられるタレントないしアーチストになってもらいたいですからね」
――先生が素人の歌番組、オーディションなどを見ていて、こんな人が将来伸びるだろうなという人はどんな共通点がありますか。
水木「フレッシュさを持っている人、自然で素直な歌い方する人でしょうか。個性の強い人も好きなんですけど、固まりすぎちゃっていて、もうこれ以上伸びようがない人は『うまいけどもうこれまでだな』と判断することもあります」
――審査員をなさってコメントを求められたとき、どんな風に声を掛けていらっしゃいますか。
水木「 まず、いいところを見つけますね。たとえば、こんなように(実際の資料を見せてくださる)、『素直な歌い方』『母性本能をくすぐる』『シャウトに魅力』『暖かさ、やさしさ』『かわいさ、フレッシュさ』『哀愁がある』のように、まずいいところを書き出して、次に、直すべきところも書き出しておいて、『あなたはこういういいところがあるからそれを大切にしながら、ここを直していくと良くなるよ』という感じにね」
――私たちも先生と同じ立場になったつもりで取材しているのですが、一生懸命習っていてもこれ以上成長しそうもなくて、「プロになるのは難しいよ」って思う子もいますよね。そういう生徒さんを見てると心苦しいときがあるのですが。
水木「 そうですね。だいたい2年ぐらいやればわかりますね。プロとしては駄目なのだろうなというのは。うちでは退学制というのを設けています。でも、誰しも他の人には持っていない、いいところを必ず持っているんです、物真似でない限りは。
そこを大切にしながら基礎を叩いていきますが、その段階で、どうしても音感の悪い子や、子供の頃から鼻が悪くて手術しないと声が抜けない人に限っては、その人のためのことを考えて『君は演技や踊りのほうを勉強したほうがいいかもしれないよ』と言うことがあります」
――教えていらっしゃると必ずそういう場面がきますものね。
水木「その代わり、2年間はこっちも徹底的に取り組みますね。『よし、この部分をオレの力で直してやろう』という気持ちで教えますから」
――最初に見たときの「いい部分」をなくさないようにしながら、欠点を補いながら教えていらっしゃるのですね。
水木「そうです。また、いいところを言っちゃうとダメになるときがあるんですね、逆に意識しちゃって。言いたいんだけど、いいところは黙って置いておくと。ある程度自分でも意識しないで成長してきたら『お前、そこはいいところなんだから、強調しないで今のままストレートにそのまま歌ってなさい』と」
――言いたいのに言えない。難しいですね。
水木「 そう。歌だけじゃなくても、『君はすごく目がきれいだから、それを大切にするんだよ』って言うと、インタビューから何から目ばかり意識しちゃう子がいるんですよ。だからかえっていいところは放っておいたほうがいいかなという感じなんです」
……などなど、この後も実に興味深い会話が続きましたが、紙面の都合で割愛させていただきました。(取材・構成/岡田隆志)